こんにちは。咲音(@jiyuukosodate)です。
妊娠37週4日、突然の大量出血により私にとって第2子である娘を失いました。
救急病院に搬送され、出産、3日後には火葬。
娘とこの世で過ごせるわずかな時間でした。
そして娘と一緒に過ごせるなんて知りませんでした。
私の場合、娘と会って、とても愛おしい気持ちになり、納棺し退院するまでの間、ずっと一緒に過ごしました。
結果的に、娘となるべく多くの時間を過ごしたことは良かったと思っています。
戸籍に残せない娘と過ごした大切な時間、これをやっておいて良かった!!

火葬までなるべく多くの時間、部屋で一緒に過ごし抱っこする
出産後、看護師さんから娘と会えることを聞いて、夫はためらいましたが、私はすぐに会う決断をしました。
運ばれてきた娘は、大量出血のため顔面は青くなっていましたが、抱っこしようと布団をめくると、小さな手が胸の前で組まれていて、その手を見た瞬間に「かわいい」と涙と同時に声が出ていました。
愛おしくて愛おしくて仕方がなく、部屋で一緒に過ごすことを決めました。
しかし、娘が隣にいる状態が辛くなる瞬間もありました。
時折抱っこし、一緒に過ごせる最後の夜は隣で手をつないで寝ました。
手をつないで寝たことが一番の思い出となっています。
おっぱいを口に含ませ授乳する
看護師さんと一緒に、娘の口を少し開け、おっぱいを含ませました。
娘が飲んでくれるわけではないけれど、授乳はとても幸せに感じる瞬間なので娘と一緒にその時間を過ごしとても良かったです。
写真を撮る
これは本当に撮っておいて良かったと思っています。
娘がこの世に姿、形を残した貴重な時を写真に残すことで、娘の存在が肯定されたように思います。
また、息子や娘の成長を感じながら、もう一人の私の娘はどんな顔をしていたのだろうと顔を見たくなることが頻繁にあります。
家族写真も撮りましたが、息子も写真を見て死産した娘の名前を呼ぶなどしています。
生活の中に写真があり、娘の名前を呼ぶとそこに娘がいるような気分になります。
沐浴する
沐浴は夫が行いましたが、言葉にできない感情が沸きあがっているのを感じました。
死産後は手続きや棺、骨壺、献花などを探したり、息子の世話をするため、夫は娘とあまりゆっくり過ごすことができませんでした。
娘はお腹の中でしか生きていられなかったので、この時間は夫が娘と過ごす大事な時間でした。
沐浴中は不思議なもので、とても気持ちよさそうな顔をしていました。
手形・足形をとる
こんなに小さかったんだっけ?と見直すと愛おしく感じます。
母子手帳は残るので、母子手帳に張り付けて大切にとってあります。
納棺の時に入れたもの
女の子だったので華やかな花と家族からのメッセージ、幼児用のお菓子、母乳を入れました。
骨壺と棺は夫が葬儀会社に連絡し、探してくれました。
娘は37週4日で産まれたため、服は新生児の服を着せる事ができました。
看護師さんの話によれば、小さく産まれた赤ちゃんの場合、靴の空き箱などを棺代わりにすることもあるそうです。
やらずに後悔したこと

今思うと、部屋で一緒に過ごしたものの、抱っこする回数は少なかったように思います。
もっとたくさん、抱っこして顔を見ておきたかったなとやや後悔しています。
もう一点、娘の唇に口紅をつけてあげたかったなと後悔しています。
大量出血によりチアノーゼとなり、唇は青紫色でした。
口紅を塗って、よりかわいい顔で写真を撮りたかったな。
まとめ
娘を死産し、火葬までの3日間、ずっと部屋で一緒に過ごしました。
結果的に部屋でずっと一緒に過ごしたことはとても良かったと思っています。
抱っこしたり、おっぱいを口に含ませ授乳したり、写真を撮ったり、沐浴したり、手形・足形をとったり…
棺の中には華やかな花と家族からのメッセージ、幼児用のお菓子、母乳を入れました。
もっと抱っこすれば良かった、口紅を塗って納棺してあげれば良かったという後悔はありますが、娘にしてあげられることは全部したいという気持ちだったので、比較的後悔は少なかったと思います。
娘の火葬が終わり姿形が無くなってしまうと、その喪失感は大きく、耐えがたいものでしたが、娘が存在したことを肯定してくれる物が残っていることで、心の支えになってくれている気がします。
娘との家族写真を飾り、息子とも時折娘の事を話しています。
そういう機会があることで、娘が存在したことを実感できるのも嬉しいものです。
死産後、火葬まで子どもと過ごせるのは非常にわずかな時間しかありません。
しかも、戸籍には残らず子どもの存在を肯定するものは、火葬したことを証明する「死胎火葬許可証」のみ。
それ以外は自分達で残すしかありません。
貴重な時間、後悔の少ないように過ごしたいものですね。
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